終われないから始められない
声のする方に顔を向ける。
「おー、やっと来たか。
彼が…」
「橘です。橘篤と申します」
自己紹介する声に何故だか引き付けられる思いがした。
林君、森君より更に高身長だと思う。
ブラウンの革靴。
綺麗に磨かれていた。
一番奥に腰掛ける私の更に奥、定位置であるかのようにストンと納まった。
微かに香る、あ、この香り…。
出納さんと挟まれる形になる。
「あ、僕、村瀬です」
ついでみたいな自己紹介になった、出納さん。
あんなに勿体つけてたのに、結局あっさりしたものだ。
「お会いしたかった。
僕が是非にと、村瀬に頼んだのです」
低く耳に心地好く響く声だ。なんだか落ち着いてしまう。
この雰囲気はなんだろう。
「あの、何故私を、ご存知なのでしょう?」
「僕の仕事は?」
「銀行員ですよね?」
「そう。正確には渉外担当の銀行員。主任なんですが」
「はあ…」
銀行員は銀行員でしょ?
「渉外とは?」
「外回り、ですかね?」
「ハハハ。まあ、そう。つまり?」
「つまり?」
何だか謎掛けみたいになってきた。
「色んな方にお会いすると言うことです」
「そうですね」
「行く先々から聞かれるんです。
〇〇銀行の祐希ちゃんて知ってる?まあ、谷口さんて言うんだけどねっ、てね」
「いやー、よそ様の行員さんとは接点も無いですし、正直存じ上げませんね、て話すと、今年入行したほやほやの新人さん、窓口の奥に居るよ、て言われたんです。
それが一昨年の話です。
しかも僕は、その噂の谷口さんを勝手に大卒だと思い込んでいました。
仕事が出来るという印象を受けたので。
よくよく伺ったら高卒だって」
「はい、確かに私は谷口祐希で、高卒です」
軽く学歴差別でしょうか。
出来る人間は大卒だと。