終われないから始められない


そこまで言ってビールに口をつける。
ゴクゴクと美味しそうに流し込まれていく。

「フーッ、すいません。脈絡の無い話し方になって。
ちょっと興奮してしまいました。
取り合えず、落ち着きます」

隣で村瀬さんが可笑しそうにしてる。

「何処まで話しましたっけ」

「あの。私が自分の名前と、高卒だって、言ったところ迄です」

「そうだ。こう聞いたんです。

お客さんは『やりたい事はあるのにまだ要領が掴め無くて』と谷口さんが言ったと。

当たり前です、まだ成り立てなんだからね、でも、一生懸命さが伝わって来るから凄く感じがいいって。
挨拶だって、明るくて元気で、用も無いのについつい足を運んでしまう、君に会いたくてって。

今は殆どATMで用が済む。わざわざ窓口に来るのは何らかの手続きや申込みの必要なお客様だけだ」

「そんな感じですね」

「印鑑と通帳を持参して店舗に出向いて、伝票記入もしなくてはいけない。手間がかかる。面倒です。
そうまでしても、君に会いに来る。
どんな人だろうと思いました。
俺、僕が聞いたのは年齢の高い人からばかりなんです。

今、ATMも使い慣れないと生活出来ない世の中になってます。
ご高齢の方だって、みんなある程度は出来ます。

窓口、銀行に行かなくったって、コンビニに行けばATMはある。
少し歩けば、コンビニに当たる、くらいね。

人は人と関わりたくなるんですよね。
君は丁寧にゆっくり話し掛けるでしょ?
記入が解らなければ、一つ一つ指で押さえながら誘導する」

「行員ならして当たり前のことだと思います」

頷く。

「確かに当たり前のことなんです。
でも、仕事に慣れ、つい忙しさにかまけて雑になることはある。
あってはダメだけど、酷い時は見て見ぬふりをする。

僕達は外でお客様と接する。そんな時、何が嬉しいと思います?」

「成績に繋がる事ですか?」

「それもある。それ以外に“評判"なんだ」

「評判?」

「そう、評判。善くも悪くも、お客様は口にするからね。
誰か一人が口にすれば噂は直ぐに広まる。

例えば、僕達がやっとの思いで顧客になって貰った方がたまたま来店する。
たった一度の事だけど、その時の窓口の対応によっては、全てがパーになる事だってあるんだ。

解ってると思うけど、対応によって、人は簡単に気分を左右される。
もし気持ちを害したら…、何も銀行はここだけじゃ無いと言い出し、取引を辞めてしまう」

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