蜜愛フラストレーション
「——だったら、ひと思いに消えろ」
突如、スパン!という扉の開閉音とともに、じつに単調な声音が室内の切迫した空気を切り裂く。
「何されたのかお分かりですか」
もう一度発せられた声は冷たさを纏っていて。不意の介入者に狼狽えた松木さんの手が離れる。
その間も、コツンコツンと靴音が鳴り響き、解放された私は慌てて起き上がった。
こうして颯爽と現れたのは紀村さんだった。彼女は言い淀む松木さんと対峙するようにその足を止める。
「聞こえなかったの?」
やがて松木さんに対し、ピリリとした一声を向ける彼女。私は虚を衝かれつつも、その光景から目が離せない。
言い訳も浮かばないほど動揺する松木さんから答えが返ってこないと悟ったのだろう、瞬時に彼女の目つきが変わる。
一歩前に踏み出し、手を伸ばして松木さんの胸元をグッと握った瞬間、鮮やかな動きで一本背負いを決めてしまった。
一瞬の出来事に何が起こったのか分からず、その拍子にテーブルを降りた私は、こわごわと松木さんの様子を窺う。
彼は受け身を取る間もなく技を決められたのか、頭と背中を床に打ちつけて痛そうだが、天井を仰ぎながら目をぱちくりさせている。
咄嗟のことで反応が遅れたのもあるだろう。しかし、彼女の手練は付け焼き刃というものではない。
大柄な男性を難なく宙に浮かし、投げ飛ばすだけの力量がある。素人にもそう感じさせたのだから。
松木さんは彼女より年上で、業務上の関わりが薄くても先輩だ。しかし、今は痛みと屈辱で顔を顰める彼に一切悪びれず、冷ややかな眼差しを向けていた。
「おい!何すんだ!うっ、」
渋面で身体を起きようとした松木さんの腹に踵落としを繰り出した彼女は、ダンッ!とつま先で踏みつけた。
反射的に背中を床につけた彼の腹を今度は、ぐりぐり、と踵部分を沈ませながらこう言った。
「あんた、自分のしたこと棚に上げて何ほざいてんの?女に手上げて襲うとかクズの所業なんだよ。
今なら正当防衛になるし?去勢より手っ取り早いから、機能不全にしてあげてもいいけど。ねえ、どうする?」
感情的な松木さんを押し黙らせるほどの怜悧な声が虚空に溶けていった。