蜜愛フラストレーション


この身をなんとか守ろうと、とにかく必死だった。けれども、性別の壁と暴力の前にはとても歯が立たなくて。

あのまま助けに来て貰えなかったら、きっと逆上した彼にレイプされていた。……危うい状況を思い出し、身体は震えが止まらない。


「……ごめ」

「喋んな。謝って許されるとでも?最低極まりないわね」

謝罪しかけた松木さんを紀村さんは一蹴。その直後にうめき声が耳に届いたものの、腰が抜けた私はその場にへたり込んでしまう。


力が入らないので立ち上がるのはすぐに諦め、そのまま留めかけのブラウスを搔き合わせた。

苦しく辛かったけれど、すべてを奪われたわけじゃない。紀村さんが助けて下さったからこの程度で済んだ、と。

それなのに彼女にお礼すら伝えられなくて、不甲斐ない自分を詰ることしか出来ずにいる。

負のパズルのピースがひとつずつ埋まるごとに、心には重石が積み重なっていく。


触れられたところを綺麗に洗い流したい。この、身体を這い回るような感覚が消えてなくなるまで。

何より、優斗にはこんな姿を見せたくない。——会いたいのに今は会いたくない、と反する感情に囚われる。

この姿を見られたら幻滅されてしまう。……ううん、優しい彼は自分を責めると分かっているから。

大人の分別とわずかに残る意地でこの場に踏み止まれているようなものだった。


あれこれ思案しつつ、震える指先でようやく服を整え終える。その刹那、後方にある扉が大きな音を立てて開かれた。

「大丈夫か!?」

バタバタ、と続く大きな足音に、息の上がった焦りの滲むふたつの声音が室内に響き渡る。


のろのろ顔を上げれば、課長が入室後すぐにドアを閉めていた。きっと、この状況が漏れ伝わらないようにするためだろう。

そんな課長の隣で愕然としたように佇む人へと、私は静かに視線を移した。


「……も、斉藤さん、」

整った顔を凍りつかせる彼は、震えた声で咄嗟に私を呼び直す。そんな優斗の顔を見た瞬間、箍が外れたように涙が溢れていった。


ずっと求めていた人と会えた嬉しさと安心感の一方で、怖さと申し訳なさが立ち込める。

やっぱり喉の奥で痞えて、声にならない声。こんな最悪の状態を見せたくなかったのだ。

ぼろぼろの私を見る茶色の瞳は悲痛に曇っていて。どれほど優斗が心を痛めているかが見て取れた。——もう二度と悲しませたくなかったのに……。


< 131 / 170 >

この作品をシェア

pagetop