蜜愛フラストレーション
「い、ってて……っ!」
その直後、室内に響き渡った痛みに歪む声と盛大な物音。それらに驚かされた私は、流れていた涙もすぐに止まる。
「もう大丈夫よ」という平坦な物言いで布団を剥ぎ取られると、部屋の明かりが点いていた。
布団を退かした紀村さんは、ジッとこちらを窺っていて。その視線に混乱していた頭が落ち着きを取り戻していく。
普段目にする、つれないその態度を見てようやく助かったのだと大きく息を吐き出す。
その瞬間、バタバタと駆けつけた人が心配そうな顔つきでベッドの縁に座った。
「萌ちゃん!大丈夫!?」
「っ、」
「ああ!いいのよ!」
顔を覗き込みながら声の出ない私を宥めると、点滴を気遣いながらそっと抱き締めてくれた。
洗練されたスーツ姿に女口調がちぐはぐ。けれども、この人の優しさの前にそんなものは些細なもの。
その百合哉さんは何度も、「大丈夫?」と尋ねてきて。その度に頷き返していると、やがて彼の落ち着きも取り戻ったらしい。
「……ごめんね。アレの代わりにはならないけど。でも、本当に良かったわ」
この人間味あふれるところが大好き。人のために労力を厭わないところも尊敬している。そんな彼が、アレとさすのはひとりだけ。
そこで行動を察したのか、力を緩めてくれた彼の腕をすり抜けると、スッと横へずれて周囲を窺う。
すると、この部屋の中には優斗の姿はなく、二度目の脱力感を覚えた。
——優斗はこのことを知らなくていい。安全なところで明日のことに集中して欲しいから。
ほぅ、とひと息をつき少し視線を落とした瞬間、大きく目を見開く。
私が今いるベッドのすぐそばで人が組み敷かれていたのだから。
大きな物音とうめき声はさっき暗闇の中で耳にした声音で、私を襲った犯人に間違いない。
犯人の周辺には荷物が散乱し、その中には果物ナイフと金づちまで紛れていた。