蜜愛フラストレーション
凶器になったかもしれない物を目の当たりにし、“もし”を考えてしまう。
ショックで顔を背けることも出来ずいたその時、犯人と目が合ってしまった。
「……くそっ!さっさと殴れば良かった……っ!」
忌々しいといった表情を向けてくる犯人が怖くなり、咄嗟に目の前の百合哉さんの腕を掴んだ。
そんな私をもう一度そっとハグした彼は、背中をトントンと優しくあやすように叩く。
「大丈夫。もう絶対に大丈夫よ。萌ちゃんを守る人間はたくさんいるから」
もう襲われることはない。そう分かっていても、身体が一度記憶した恐怖は震えを止めようとしない。
「なんで俺が……っ!」
床に沈み込んだ犯人は両腕を捕らわれていて。後ろ手に回されたまま、身動きが取れずにいる。
「うるさいですよ。専務、ガムテで口を塞ぎたいのですが」
「つか、先にしとけ。もちろんスマホと手荷物も確保な」
「かしこまりました」
その犯人を見事に取り押さえていたのが、入院直後にお戻り頂いた筈の百合哉さんの秘書さんだ。
百合哉さんの指示に了承した秘書さんは犯人の手首を押さえて立たせると、現れた屈強な黒服の男性数人に引き渡した。
「くっそぉおお!オマエのせいでっ!」
「耳障りだ。——その証拠品と一緒に警察に連行されたくなきゃ、黙れ」
激高する犯人に百合哉さんが冷ややかに一蹴。その鋭さに屈したのか、急に大人しくなる。
「ああ……もう、おしまいだ……」
最後までぶつぶつと呟きながら連行されていった犯人の声と足音は、やがて虚しく消えていった。
黒服の男性のひとりに病室のドアを静かに閉められて。部屋に残る気まずい空気の中、百合哉さんが口を開く。
「あれ、五十嵐専務にべったりの人事部長らしいわね?」
その問い掛けに、コクンと首を縦に振り頷いた。——人事部長が犯人なんていまだに信じられない……。