蜜愛フラストレーション
その瞬間、私からそっと手を離した百合哉さんがベッドから立ち上がり、紀村さんの前に立った。
「私、かよわいので遠慮しましたが、状況伺いについて行くべきでした?」
「自分でかよわいって言う女にかよわいのはいないわよ!」
私に背を向ける百合哉さんの発言、どこかで似たような言葉を聞いた気がする。その彼と対峙する彼女は平然とこう言い返した。
「では、かよわくないですが現状にイラッとしています」
「あああ!ほんっとにああ言えばこう言う!私だってここまでって約束してんのよ!」
「専務のジレンマはお察ししますが、さっきの言葉は遥香(はるか)も専務には一番言われたくないかと」
隣から横槍を入れた秘書さんに目を向け、「アンタ、誰の味方よ!?」をひと睨み。
「もちろん彼女です。空木様に口添えしますよ」
「はああ!?チクリ屋か!」
秘書さんにあしらわれる百合哉さんを傍観する私へ、紀村さんは苦笑混じりで話しかけてきた。
「……アレ、私の彼なのよ。ちなみに百合哉さんとはまあ、ちょっと知り合いってとこかしら」
秘書さんとお付き合いされていた事実に驚いたものの、それ以上に珍しく歯切れの悪い彼女が気になった。
「だから、貴女のお願いを反故にして、万全を期すために彼らに協力を仰いだの。
あの時の貴女に話してもきっと反対すると思ったから……勝手に裏切るようなことをしてごめんなさい」
小さく頭を下げた彼女に頭を振る。——確かに、これは彼女から“危険分子を減らすために撃退しよう”と持ちかけられた話だ。
この囮(おとり)作戦は入院直後にここで提案された。だが、それを了承したのは私で謝罪される必要なんてない。
むしろ今度こそ怪我がないようにと、密かに百合哉さんたちに協力を仰いでくれたおかげで無事だったのだから。
するとその時、病室のドアが勢いよく横へ開かれ、一斉に全員の目がそちらへと向く。
扉を閉めながら溜め息を吐いて現れたその人を捉えた瞬間、私は瞠目させられる。
「ったく、オマエらここがどこか分かってんのか!……萌、怪我しなかった?」
まずは言い合うふたりを一喝。そして、こちらへと向けた眼差しは温かな色をしていた。
「っ、」
“どうして?”と聞けない私の瞳に映るのは、紛れもなく優斗の姿で。何も紡げないもどかしさとまた直面する。
不意打ちに気が緩んで涙腺を刺激されたものの、グッと我慢。泣けば余計にこの人を心配させるから、と。