蜜愛フラストレーション
問いかけに否定も肯定もしない専務。しかし、かえってそれが是と告げていた。
「キックバッグの振込先は、ご令嬢が大阪で開設された地銀の口座です。
これについては専務ご本人から、この北川が聞き出しておりますので。では、次にこちらをお聞き下さい」
課長が俺を一瞥し、そこで言葉を区切った。
再び紀村さんがパソコンを操作すると、俺がペン型の盗聴器で録音した話し声が聞こえ始めた。
会話から聞こえる、ふたつの声の主は専務と俺だ。
これまでどのようにキックバックを得てきたのか。さらに五十嵐彩が口座の名義人になっているという資金の行方。それらを証明する大事な部分を切り取り、流していた。
――これは以前、萌とひそかにホテルで会ったあの夜の会食時のもの。
口を割らせることは大仕事だと覚悟していたのだが。会食の少し前から、専務になびく振りをして粉をかけていたことが幸いし、酒の力も手伝って上機嫌に色々と教えてくれた。
業突く張りのジジイが、と笑みを浮かべながら苦痛に堪えていたのはひた隠しにして。
おかげで専務の手口は課長がこの場で説明するまでもなく、記録媒体をさらせば充分だ。
『社長?健全経営だの言うが、多角経営にも乗り出せんただの腑抜けだ!』
専務のあくどさは承知していたのだろうが。たぬきの真っ黒な腹の内が分かり、唖然としている役員が大半。
『北川くんが手を貸してくれれば、つまらん会社も変えることが出来る。そう思わないか?』
そこへきて、愛社精神ゼロかつ社長まで貶めるこれらの発言だ。
揚々と酒を飲んでいた時とは打って変わり、専務は視線を落とし青ざめていた。
なぜ専務がここまで俺に執着するのか。今までそれが解せなかったが、この会食でようやく分かった。
もちろん娘可愛さからえこひいきした面もある。
しかし、それよりも人の懐に入るのが上手く、用意周到で“跡継ぎ”に適うと判断されたようだ。
黒にまみれた裏金を掴むには、人を陰から操れる能力に、不穏な動きやその証拠を綺麗に消す必要がある。
——そんな汚い金を手に入れるのは、俺は死んでも御免こうむるが。