蜜愛フラストレーション
五.いまはむかし

席に着いてユリアさんが新たに作ってくれたカクテルとウイスキーをそれぞれ飲みながら、私たちは先ほどの空気感を取り去るように取り留めのない話に興じている。

「そういえば優斗、次のラウンドいつなの?」
「ああ、来週末に仕事関係で。ユリアは?」
「私も来週末なのよ。あー、年寄りなんてつまんない」
「まあ、仕事だからな」
「ねえ、萌ちゃんは最近ラウンドしたのいつ?」

彼の言葉をスルーしたユリアさんがカウンター越しに私の方へ向いて聞いてくる。

「うーん、先月かな?友達のゴルフ仲間の人と」
「男いた?」
「え?はい。友達の彼氏とその友人の方もいましたけど」

カウンターに身を乗り出す勢いのユリアさんに一歩引いて頷いた。
それはかつて合コンを主催した友人なのだが、交友関係も広く趣味も合うので今でもよく会っている。その友人と友人の彼氏の他には、男女問わずゴルフ好きのメンバーだ。

「いくら冷たくて面倒なヤツでもね、お願いだから浮気はダメよ?」
「いやいや、私は下手だしラウンドも女性としてますから!ただ、皆で乗り合わせて行っただけです。友達は少しだけ“事情”も知ってますし」

私の隣に座る彼を一瞥したユリアさんが真面目に諭して来るので、慌てて誤解だと言い切った。
確かにゴルフを通じてカップルになる人もいるけれど、私にそんな出会いはないし求めてもいない。

この主張を聞いて納得したユリアさんに安堵したのも束の間、「萌」と隣から呼ばれる。
横に視線を向けると、グラスをテーブルに置いた彼がこちらに笑顔を向けてきたのだが、その瞳の奥には何か黒いものを秘めている。

「そろそろ帰ろうか?」
「……北川さん、私ちゃんと報告しましたよ?」

この曖昧な関係の中でも、きちんと互いに誤解が生まれないように報告は欠かさないことにしている。なので、先月のラウンドももちろん彼は承知済みだ。

「趣味と付き合いも大事。だから、萌が楽しんでいるのは素直に嬉しい。でも、理性が利かない時はしょうがないよね」

この相手を尊重出来る優しさと気遣いはとても嬉しいけれども、時には居た堪れなくもなる。あまりに不確かな関係が彼を傷つけているのだから。

「……ありがとう。私は二刀流なんて出来ないので、その、信じてくれる?」

それでも彼の目をまっすぐに見て、不安を取り除くための言葉をどうにか口にした。
私は不器用なのだが、それ以前に大切な人以外に目を向けたり、傷つけるようなことをしたいとも思わないから。思いの丈を伝えきれなくてもどかしさが募っていく。

暫し落ちた沈黙ののち表情を崩した彼の手が私の頭上に伸びると、その手でポンポンと頭を撫でられる。

「もちろん、誰よりも分かってるつもり。後ろ暗いことが出来ないことも知ってるから」
「……うん、バカ正直だから」

恥ずかしさを隠すように視線を落として頷けば、「それは否定しない」とくつくつ笑い始めた。こちらもつられて小さく笑うと、捉えた彼の瞳は暖かなものに変わっていた。

こんな時いつも敵わないな、と実感する。そしてこの人は意外と質が悪いけれど、その人を愛しく思う私こそどうしようもない。

「ふたりとも、ここがどこか忘れてない?」
「忘れてない。しいて言えばユリア、おかわり」

ユリアさんの質す声で我に帰った私とは違い、彼は手を元に戻すとしれっと催促をした。

「いい性格してんな、全く」
「萌に満足して欲しいんだろ?」

引きつり笑いを浮かべるユリアさんにもどこ吹く風。結局、「色ボケ男が……!」と捨て台詞を吐いたユリアさんがカクテルを作り始めた。
彼らのやり取りを眺めるのもいつものことだが、プライベートの彼は表情も声音も豊かになるので目が離せない。

「ん?やっぱり、萌も早く帰りたくなった?」

その視線に気づいたのか、不意にこちらに向いた彼が嬉々とした顔をして聞いてきた。それも欲情を誘うように、人の太ももをスカートの生地越しに撫で回しているのだ。

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