蜜愛フラストレーション
その手つきにジト目で牽制するが、ここで破壊力のある甘い微笑を浮かべるあたり、彼には質の悪さを隠す気はないらしい。
「いいえ、ユリアさんが作って下さってますし、今夜は北川さんが奢って下さるんですよね?このチャンス逃すのはもったいないです」
「萌、今は名前」
「あ、公開セクハラ男さんでしたね、失礼しました」
「……愛情表現なのにな。俺は早くふたりきりになりたい」
今も続く不埒な手の動きを直接咎めるものの、含みある笑みと言葉でかわされてしまう。
「……セクハラ大好き男さん、私はお腹が空きました」
「遠慮なくどうぞ。でも、名前は?」
「……北川さん、今日は遠慮しないからね?」
ようやく撫でるのを止めてくれたが、しつこく呼び方について不満を漏らすので、私は面倒になりいつもの呼び方をする。しかし、これにも彼は納得していない様子だ。
「……今夜も期待してる」
ただし、私との距離を詰めて耳元に顔を寄せ、色気ある声で囁くあたり自身の魅力をよく分かっていると思う。
心に揺さぶりをかけて、ここぞという時に攻めてくる彼相手では本音を隠し通すのも難しい。重なる視線は静かに熱を帯び始め、ドクンと大きく跳ねた鼓動はその速さを増している。
ここに留まりたい気持ちと、すぐにでも欲に従いたくなる気持ちがいたずらにせめぎ合う。
「はい、萌ちゃん。さっきと同じね」
その声掛けに会話と動揺の波は途切れる。そして、私の目の前に新たなカクテルグラスを置いたユリアさんにお礼を言う。
「ついでに利己的セクハラ男にも、はい」
私には微笑んで提供して下さったのだが、次に彼の前に毒舌とともにグラスを置いた時の衝撃は少々強めに感じた。
「萌限定だけど?」
「当たり前だけど、しれっと惚気んな」
「え、結果的に?単純に萌が好きで堪らないんだよね」
さらりと口にした彼は、きらきらとした眩しい後光が差しているかのように目を細めて私に微笑みかけてくる。
「……萌ちゃん、お疲れ」
いささか呆れた顔つきを見せるユリアさんの何気ないひと言は私の心に重く響いた。