蜜愛フラストレーション
ユリアさんに見送られながらお店をあとにした私たちは、賑やかな街をふたり並んで歩いていた。
「今夜も美味しかったですよねぇ」
「ああ、萌ってゴーヤチャンプル好きだよね?多分それもある」
「もう甲斐甲斐しすぎて嫁に欲しいです」
ユリアさんは料理だって凄腕。カクテルを作るその神業はどんな事にも活きるらしい。
お店では軽食を食べられるのだが、さらに顧客には季節や具合に応じた品を提供、もとい彼女の気分次第らしい。
疲れた時や夏バテにはもってこいよ!、と今夜作ってくれたチャンプルの味は言わずもがな。
ゴーヤの苦味はスパムと卵で中和され、シャキシャキ感の残る歯ごたえが絶妙な炒め具合。しいていえば、自分では作れなくなるほどに美味しい。そんな客まで作る、罪な料理人だ。
満足の食事とお酒に頬を緩めていたら、「でも」と聞こえて隣に視線を向けた。
「ユリアは娶れないよ?——萌の隣は譲る気ないから」
「……決定事項みたいに言わないで」
一拍遅れたのは、こちらを見つめる真剣な眼差しと発言に動揺したから。
すぐに正面へ視線を戻すと、コツコツとヒールを鳴らして歩みを進めていく。
その傍らで繋ぐ手の力を少し強めると、決して距離を離すまいとする彼。
「そんなとこが好きなんだよな」
「よく言う」と口を尖らせれば、くくっと笑っているのだから本当に質が悪い。
「褒め言葉だね」
嫌味や皮肉も肯定できる温和な彼と及び腰だとバレている私。ふたりで歩く夜道は、今夜も心地よい時間が流れていた。
アルコールのほどよく回った身体を冷やすには、いささか頼りない風が頬を撫でていく。時刻は22時を回っている。
最寄り駅に向かうと一緒に電車に乗り込む。人の波もラッシュ時より穏やかで車内温度も快適だった。
開く扉の反対側まで進み、手を離した彼がそのまま私を庇うようにして正面に立つ。自ずと至近距離で見上げる癖がついていた。
「どうした?」
疲れ知らずの精悍な顔をした彼が不思議そうに首を傾げているので、「何でもない」と微笑み返す。
発車した電車に揺られながら、今夜もあたたかい気遣いに感謝する。茶色の瞳は私を捉えて離さず、心はざわめき立つばかり。
その刹那、ふわり、と鼻腔を掠めるウッディな香りは昔から変わらない。今はもう、大好きなんて言えないけれど……。