蜜愛フラストレーション
「もしかして、地元のことでも考えてた?」
「そうだけど」
あれこれ考えていた私が頬を緩めたところ、楽しげな声で尋ねられる。こんな風に、短絡的思考が読まれてしまうのはいつものこと。
「無理だけはするなよ?」
「それは大丈夫。あくまでご褒美のために楽しんでるから。探せば見直す部分も多いし、自分で自分にがさ入れする感じかな?……ってどうしたの?」
仕分けしても取捨選択が下手なので、これは致命的。そんなことを考えながら話していると、頭上から笑い声が聞こえてきたので我に返る。
「い、いや……俺が言ったのは、そうじゃなくて。い、いやっ、やっぱり萌は可愛い。ハハッ!」
北川氏から我慢出来ないとばかりに笑われ、首を傾げてしまう。……割とズレてる、と昔から言われてきたのはこんなところなのか。
とはいえ、ちょっと笑い過ぎではないだろうか?夜道での大笑いは、さすがに端正なお顔であっても不審者扱いされるに違いない。
「何でもかんでも褒めて誤魔化さないで」
そこで、ピタリと彼の笑いが止まる。こちらに向き直り、目を細めて私を捉えるその表情からは温度が失われていた。
「本音を口にしないで萌を二度と失望させたくないことくらい、お願いだから分かってくれ」
切なさの混じる声音で齎された真摯な言葉が胸に深く突き刺さる。私は俄かに震える唇をキュッと噛み締め、痛みを受け止めてこう言った。
「……卑怯だよ」と、あまりにちっぽけな反撃のように。
「そうだね。そこにつけ込んでるから」
「……優斗には本当に感謝してる。だから……、ごめんね」
今では滅多に呼ぶことのない彼の名前を口にした。——何故、こんな時にしか呼べなくなってしまったのだろう。
お酒のせいもあり涙腺が刺激され、声が掠れていく。目の奥に感じる痛みを堪えるのに精一杯で、彼の反応が怖くなる。
こんなひと言を告げるのさえ、たどたどしくて。すぐに俯いてしまった私の頭に、そっと大きな手が置かれる。
「謝らなきゃいけないのは俺のほうだ。甘えて傷つけたままで、本当にごめん」
撫でるその手つきは優しくて、ただ好きでいた頃に戻りたくなる。だから、迫り上がる感情が涙に変わってしまう。
銭勘定のように綺麗さっぱりと清算出来てしまえば楽なのに。理知的に物事を処理出来ない私は、やっぱり大人の女になりきれない。
——ここでどちらかが、もう一歩踏み出せばいい。それなのに、今夜も感情のドアは薄く開いただけ。人ひとり分通る余裕はなかった。