ベビーフェイスと甘い嘘

翔がいなかったら、とっくに私はおかしくなっていたと思う。


寝室の広いベッドに眠る小さな存在。その温もりを確かめて、私達は家族なのだと、愛し合ったからこの子がここにいるのだと、溺れた心を無理やり引き上げてきた。


九嶋くんは……彼は、温もりが一つも無い広いベッドで眠っている。


彼女と別れてからずっと?


祭りの日、別れ際の横顔をふと思い出した。


私と同じく……泣き出しそうな、苦しそうな、悲しみに溺れたようなその表情を。



「着いたよ、茜ちゃん」


すぐ近くで芽依の声が聞こえて、はっと顔を上げた。いつの間にか車は芽依の家へと到着していた。


「ちょっとだけ待ってくれる?」


車から降りようとした芽依をひき止めて、鞄からスマホを取り出した。


翔の顔を見てしまったら、きっと私は躊躇ってしまう。


『しばらく家へは帰りません』


たった一行だけのメールを修吾へ送信した。


芽依の所にいます、とか
理由は分かるでしょう?とか
これからのことも考えさせて、とか


そんな言葉も浮かんだけど、まずはこの言葉だけ。


この言葉だけが、今私にできる精一杯の修吾への抵抗だった。
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