ベビーフェイスと甘い嘘

「でもね、俺が体調を崩して寝込んで……彼女が一人で歌った日があって」


「あの日、あの人達に何があったのか……未だに俺は何も知らないんだ。みんな俺の前から消えたから。彼女も一緒に」

「俺の居場所が無くなって、俺が誰よりも大切にしたいと思っていた人は、みんなの歌姫になっちゃった」


「奈緒美さんは、彼女とは友達だったんだ。みんながいなくなって俺が必死に探してる間も、奈緒美さんと勇喜は俺の事を心配して一緒に探すふりをしながら、みんなと繋がってた。……俺はね、それがどうしても許せなかったんだ」


九嶋くんの彼女って、奈緒美ちゃんが言ってた『カナ』さんって人なのかな……


「……約束してたんだ。結婚しようって。二人で住む部屋を借りて、就職だって決まりかけてたから、もうバイトも辞めようって。歌はこれからは趣味でやればいいって。俺はそう決めてたのに」


そう言って笑った九嶋くんは、鞠枝さんの送別会の日に見た切ないような、困ったような顔をしていた。


『仲間と歌を歌い続ける』。『彼女と一緒に生きていく』。それが九嶋くんの夢だった。


「だから願い事をする夢は無いって言ったのね……」


……願いは、全て消えてしまったから。


「そう。ぴったりでしょ?『歌を忘れた』って言えたらどんなにいいだろうって。歌えば歌うほど過去を思い出して虚しい気持ちになるのに……それでも歌いたいんだ。あんな格好をして、昔の自分を知っている人から声をかけられないようにしてまでもね」


歌も、夢も、希望も無くした。


九嶋くんは、どれだけ悲しい思いを抱えて来たんだろう。
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