切ないの欠片~無意識のため息~


 彼はちょっと寂しそうな、でも安心した顔で頷く。

 契約した仲だもの、そう自分にも言い聞かせながら、彼が閉じるドアの音を聞く。


 ああ、全く。

 一人になった私はぐりぐりとシーツの上に頭をこすりつけた。・・・まだ私の体はこんなに潤ってるのにね、そう呟いて。

 だけど彼は人のものだし、大体特殊な事情なのだ。

 私に恋愛感情があるとわかれば、彼は恐らく別れを切り出すだろう。あの困った顔で。もしかしたら微笑つきで。私はあくまでも彼ら夫婦が仲良く人生を送るためのアイテムの一部に過ぎない。そのはずであるし、そう思ってないと泣きそうでもある。

 私も恋人を探し、心の面での充足をはかる。それが最善の道であるとは判っているけれど―――――――・・・


 午前5時には、うっすらと東の空が明るくなる。

 私を目覚めさせないように携帯をバイブモードにしている彼が、急いでアラームを停める。それから立ち上がって、シャワーで全身を洗う。私の匂いが残らないように。妻の下へ綺麗な体で帰っていけるように。

 私はそれを眠ったふりでやり過ごす。

 耳だけが別の生き物みたいに力を持って、今彼が何をしているのかを探りながら。

 素敵なはずの朝。光がゆったりと差し込む窓辺の壁に置いた、私のシルバーの置時計。それが午前5時を指すと、私の瞳は潤みだす。

 彼の前で、ぽたりと滴を零しそうになってしまったこともあった。夜にした、二人での色々なことやその時の彼の表情や声を思い出して、つい感情が高まってしまって。


< 16 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop