やさしい恋のはじめかた
 
すると稲塚くんが、いつの間に注文したのか、そう言いながら小鉢と割り箸を差し出してきたので、遠慮なく頂くことにする。

箸を割り、頂きますと両手を合わせてから口に運んだ牛筋の味噌煮込みの味は……。


「ん!濃いけどおいしっ!」

「ですよね!疲れてるときとか、頑張らなきゃいけないときとか、こういうちょっと濃いめの味付けが逆に癒されるっていうか。今、すっげー山場なんで。これ食べて元気出さないと」

「あはは、それ、高血圧まっしぐらだから」


気をつけて〜と笑い事じゃないけど笑って言うと、稲塚くんは味噌煮込みの箸を休め、おもむろにバッグからさっきの資料を取り出し、2人で眺められるよう、私の横に置いた。

本当に稲塚くんは彼女が大事なんだな。


まさかの立ち飲み居酒屋で、まさかまさかの仕事の話に突入するとは思ってもみなかったけれど、大海もこれくらい、他の女性に対して“いますから”アピールをしてくれたら、この不安な気持ちも少しは和らいでくれるんだけど。

……て、いけない、いけない。

それ、大海に釣り合うだけの実力が私にないからだから。大海のせいにしちゃいけないから。

赤味噌の味をビールで流し、仕事モードに切り替わった稲塚くんの話に耳を傾ける。


「こうして改めて見ると、どこのメーカーも商品ごとにイメージを作ってますね。タレントの起用も、やっぱり代替わりはしますけど、同じようなイメージのタレントが好かれるみたい」
 
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