やさしい恋のはじめかた
バンッと乱暴にデスクに手をついた後輩に、主任が、はあ……と疲れた溜め息をつく。
この件は、もうかれこれ3週間ほど、こうしてにっちもさっちもいかない状況が続いている。
他にも何件も仕事を抱えているのは2人とも同じだけれど、この件に関しては、どういうわけかお互いに譲れないものがあるらしい。
「とりあえず企画書には目を通す。でも、俺が納得できるものにならなければ何回だって練り直させるから、そのつもりで頑張ってくれ」
「……ッ、はい」
主任--河野主任と、私の3つ後輩である稲塚くんがモメているのは、大手飲料メーカーから発売されている炭酸飲料の新しいCM企画だ。
私が勤めているのは広告代理店で、クライアントから依頼を受けてCM制作や雑誌・新聞広告、その他、キャッチコピーを考えたりWEB広告を打ったりと、仕事は多岐に渡る。
中でも稲塚くんは後輩の中で一番の出世株で、主任をはじめ、企画部内で大いに期待されており、そのぶんシビアな目も向けられている。
今回の仕事はクライアント直々に稲塚くんに指名が入り、彼も結果を出そうと燃えに燃えているのだけど、なかなか主任のOKが出ず、2人の仲は険悪化の一途を辿っていた。
感情を高ぶらせたまま、荒々しい口調と足取りで「外回り行ってきます!」と告げて出て行く稲塚くんを見送り、自分のデスクに向かう。
触らぬ神になんとやら、だ。