やさしい恋のはじめかた
化粧品メーカーから依頼が来ている口紅のCMの部内コンペが近づいてきているから、ほかの社員のサポート業務が落ち着いている今のうちに、企画書を仕上げてしまいたい。
けれど、さて作業しましょうかとパソコンに向かったタイミングで、スマホが震えた。
見ると主任からの呼び出し。
何食わぬ顔をして企画部を出て行く主任のあとを怪しまれない程度の時間差で追い、彼の背中に続いて入ったのは、普段はほとんど人の出入りがない、古い資料の保管庫だった。
念のために内側から鍵をかけると、すぐにクルリと体を反転させられ、早々に口を塞がれた。
こんな風に2人きりになったとき、主任はただの“河野大海”--つまり私の彼氏になるのだけれど、それにしたって、気が立っているからという理由だけで仕事中に呼び出され、強引にこんなことをされては、私だって困ってしまう。
私は鎮静剤か何かですか。
「……ちょ、もう少し抑えて」
「稲塚のせいだろ。もっと言えば、新人のときに指導した里歩子の教育が甘かったせいだ。よって、里歩子が責任を取るのは当たり前」
「んな無茶苦茶な……」
大海が満足するまで口の中を舌でかき回されたあと、軽く息を上げながらも、ごもっともな文句を言えば、いけしゃあしゃあと返ってくる、ワケの分からない大海理論。
うんざりだというのは、稲塚くんと一悶着あったあとは決まって私で気を落ち着かせようとする、目の前のこの人に対してのもの。