やさしい恋のはじめかた
そう言った大海の声には、湿り気と、かすかな震えがあった。
最近はキスだけ、それもわりと一方的なものだった理由を知って、前に資料の保管庫で強引にキスをされたとき、ほんの少しでも強姦されている気分だなんて思った自分を本気で呪いたくなる。
私に見合い話を受けてもいいかと相談してきたときだって、大海は精いっぱい勇気を振り絞って部屋に誘ってくれたんだろう。
部長が娘の凛子さんを連れて部署に乗り込んできたときも、きっと私に動揺させないようにいつも通りに振舞い、場所を変えてくれて……。
それなのに私は、いつだって自分のことでいっぱいいっぱいで、ここまで言ってもらわなきゃ、大海の行動の裏に隠されていた本音を知ることもなかった。
自分ではまったくの無意識だったけれど、桜汰くんのことだって、そう。
そもそも、大海の前で桜汰くんの話を持ち出すなんて、なんて私は浅はかだったんだろうか。
大海はいつも笑って話を聞いてくれていたけど、ずっとずっと傷つけていたのは私。
私こそ、こんな女なんて大海のほうから振ってくれていい……。
「……ごめんね。私、最低だ……」
そんなつもりじゃなかった、なんて、言い訳にもならない。
くしゃりと前髪を握って声を絞り出すと、いつの間にか短くなりすぎてしまった髪が引っ張られ、額に痛みが走った。
それでも、ぎゅうぎゅうと握りしめていれば、その手に大海の手が重なり、「だから里歩子はなにも悪くないんだって」と穏やかな声で諭される。