やさしい恋のはじめかた
「その声の様子だと、里歩子は無意識だったんだろうな」
「な、なにが……?」
「彼の話をしているときの里歩子は、俺といるときと違って遠慮がないというか……とても自然体だった。表情も、声の調子も、きっとこれが本来の里歩子なんだろうなっていう感じが、そばで見ていて嫌でもわかったんだ」
けれど大海は、顔を上げることなく、淡々と言葉を吐き出していく。
私が動揺することなんて最初から想定済みで、それでも吐き出してしまわないと自分がつらいから、というような。
大海の様子からは、彼のそんな気持ちが滲み出ているようだった。
「里歩子はなにも悪くないよ。さっき里歩子が打ち明けてくれたのと同じで、俺が勝手にそう思い込んで彼に嫉妬してただけだから。俺が本来の里歩子を引き出せばいいだけだとか、一緒の職場にいるんだから負けるはずがないとか、里歩子を知ってるのは俺のほうだとか。そんな、しょうもないことで彼に張り合って、里歩子を抱くたびに優越感に浸ったりもしてたんだ」
「……」
「だけど、どう頑張っても、俺には本来の里歩子を引き出せなかった。今頃、その彼は、里歩子の髪を切りながらどんな話をしてるんだろう、プレゼンで負け続ける里歩子をどんなふうに慰めてるんだろうと思えば思うだけ、自分の無力さが身に染みて、どうすればいいのかわからなくなっていった。抱いても抱いても里歩子が離れていくように思えて、最近はずっと仕事に逃げてばかりだったよ」