やさしい恋のはじめかた
苦しまぎれに喉の奥でつぶやくと、なにをもってそう断言できるのか、里歩子なら大丈夫だと笑いながら言われて、もう返す言葉もなかった。
大海はいったいなにを思ってそう言っているのだろう。
その心理は私には想像もつかない。
それでもひとつだけわかるのは、これも大海の優しさなんだということだった。
これから別々の部署になる私へのはなむけの言葉であり、3年という情や呪縛からそっと私を解放するような。
きっと、そんな泣きたくなるような優しさが、大海の言葉の中にはたくさん散りばめられている。
「また苦しい思いをさせることになるけど、とにかく里歩子なら大丈夫だ。行き着く先が誰のところであっても、髪を伸ばせて、甘えたいときには甘えられて、なにより里歩子が心から笑えるような人だったら、俺はそれだけで満足だ」
「大海……」
「もう好きにしていいんだよ、里歩子。自分のことも許して、自由に歩けばいい」
そう言うと、大海はすっくと立ち上がり、テーブルの上に雑巾を置いてそのまま休憩室を出ていった。
私はドアに背中を向ける格好でしゃがんでいたから気がつかなかったけれど、どうやら稲塚くんが大海を探してここまで来ていたらしい。
ドアが閉まりきる前から「この案件のことでご相談があるんですけど」「ああ、それなら--」と会話が始まり、やれやれ大海はいつでもどこでも引っ張りだこなんだよねと、そんな場違いなことを思う。