やさしい恋のはじめかた
 
たった5歳しか違わない人がこんなにも人の心を打つCMを作れるなんて……。

運よく採用してもらい、研修期間を経て、憧れの河野大海と同じ企画部に配属になったときの感動といったら、今思い返しても鳥肌が出るくらいで、大げさかもしれないけれど、一生分の運や奇跡を使い果たしたような気分だった。


それがどういうわけか、憧れの存在でしかなかった人から「俺の彼女になってほしい」とストレートに告白され、つき合うようになったのだから、人生、何が起こるか本当に分からない。

3年前、私が初めてチームリーダーとして大きな仕事を終えたあとのことだった。

けれど、今はどうだろう。


「口の中、タバコくさい……」


上司として憧れたり尊敬したりする気持ちと、3年つき合っているという情だけが残り、舌に残る苦みに思わず顔をしかめてしまう。

どうやら大海は、稲塚くんと一悶着ある前にタバコを吸っていたらしい。

やめたい、やめたいと言っておきながら本数を減らしているところも見かけないのには、何かしらの大海理論があるのだろうか。


「……奇跡はそう何度も起こらない、か」


幻泉堂に入ったのは河野大海がいたからだ。

つき合いはじめてすぐの頃から、大海と結婚できたらどんなにいいかと思ってきたけれど、もしかしたら憧れの存在のままのほうがよかったのかもしれないと、最近よく思う。
 
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