やさしい恋のはじめかた
噂では人事部長の一人娘とのお見合い話が出ているらしく、どこまでが本当かなんて本人たちにしか分からないものの、娘さんが大海が作ったあの携帯電話会社のCMの大ファンで、本人に会いたがっているとかなんとか。
噂程度のものでしかないから、大海が私に言わないのもよく分かるし、仮にもし本当にお見合いをすることになったとしても、同じくそうであろうことも分かっているつもりだ。
お見合いも仕事のうち。
大海はそう割り切っているはずだから。
だから、将来の役職のポストを約束する、みたいな餌をちらつかされても、本当にその気がないなら、相手を傷つけないように上手に断ることくらい、大海にはきっと簡単なこと。
大海はすごく野心家だけど、そこまでなりふり構わなくても実力で上に行ける男なのだ。
それならどうして、彼女がいると言って最初から断らないのだろうと疑問が湧くと思う。
それはつまり。
「私に大海と釣り合うだけの実力がないから」
こういうこと。
ドアに背中を預けて寄りかかり、深く息を吐き出しながら、その理由を実際に声に出して言うと、自分の不甲斐なさにどうしようもなく泣きたくなって、前髪をクシャリと掴んだ。
実力も知名度もある河野大海とパッとしない私がつき合っているのを知っているのは、社内では雪乃だけだというのも、不甲斐なさに拍車をかける原因の一つになっていたりする。