やさしい恋のはじめかた
 
「しかし堂前さんって、いったい何者なんだろう……」


彼を見るたび、いつも不思議に思う。

いったん距離を置こうと大海と話したときに彼の話も出たので、ずっと気遣ってくれていたお礼と、実は3年前から付き合っていて、今はこんな状況になっている、という話を少しだけ相談させてもらったのだけど、堂前さんは取り立ててなにも言うことはなく、ただふんわりと笑って私の話を聞いていただけで。

今だって、なにか声をかけてくるのかと思いきや、特に急いでいる様子もなさそうだったのに手を振って笑って去っていくだけ。

仕事の面では化粧品の広告を考えさせたら右に出る者はいない堂前さんだけれど、そのプライベートや性格は、どうやらとことん謎に包まれているらしい。


それでも、大胆でビビッドな広告は大海、真っすぐで爽やかな広告は稲塚くん、とそれぞれにカラーやスタイルがあるように、堂前さんにも繊細で柔らかな癒される広告、という彼だけのスタイルが確立されているのは、一緒に仕事をしてきてよくわかっている。

きっとこれからの私には、新しい部署で自分だけのスタイルを模索し、それを確立していくことが必要なんだろう。

プライベートなほうではいまだに模索の前に〝暗中〟がついている状況だけど、相談したときも今もなにも言わなかったということはつまり、こっちのほうも自分で探してねと。

彼の美しい笑みは、そう言っているのだろう。
 
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