やさしい恋のはじめかた
 
「堂前さんって、たまにびっくりするくらい厳しいよね……」


思わず苦笑しつつ呟いて、すんと鼻をすすり、彼にばっちり見られていただろう涙の跡を手の甲で追いやる。

泣いてばかりいたってなにも解決しないし、変わらない。

始まりもしないし、終わりもしない。

それならいっそのこと、闇雲にでもいいから手を伸ばしてもがいてみるのも、不格好に足掻いてみるのも――桜汰くんに会って今の自分の気持ちを正直に伝えてみるのも、もしかしたらいいかもしれない。

さすがにこれは仕事とは違って〝こうだ〟と思い込むことはできないけれど、デリケートなものだからこそ、そうしてみる価値はどこかにあるんじゃないだろうか。

部署の新設も迫ってきているし、心機一転するためにも、今の時点でつけられる整理はつけておいたほうが……なんて、自分に都合よく考えすぎ、左右されすぎかな。


「……よし。とりあえず仕事しよ、仕事。だってもう愛しちゃってるレベルだもんね」


また苦笑しつつ誰に言うでもなくそう言って自分に気合いを入れると、休憩室をあとにする。

踏み出した足は、自分自身と向き合うことがいかに難しいかを体現しているように、まだふらふらと覚束なかった。

けれど、雪乃や堂前さんのように辛抱強く、ときには優しく、ときにはうんと厳しく見守ってくれる人が私にはいるから。

大海が言ってくれたように、自分で歩くことだけは、けして諦めないでいようと思う。
 
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