その手が暖かくて、優しくて
権三の恋
「はぁ~」
権三は変だった。
なんとなく元気がない。何やら物思いにふけっては、時折、溜息をつく。

彼の周囲はそんな権三に対して、とりあえず距離をとっていた。

「大田原君って、本当は優しいひとだったんだね」

そう言ってくれた亜里沙の表情、声、全てで権三の頭の中はいっぱいだった。

「かわいかったなぁ…亜里沙ちゃん…」

ぼんやりと亜里沙の顔を思い出しながら、今度はニヤニヤとし始めた権三を見て、彼の周りは、さらに距離をとった。

権三は完全に亜里沙に恋をしていた。
まさに寝ても覚めても、頭の中は亜里沙のことでいっぱいだった。
しかし、彼の立場は、綾小路の私設軍隊の隊長。
生徒会長に立候補した亜里沙は、いわば敵である。

「はぁ~」権三はまた溜息をついた。
最近、食欲もない。夜も熟睡できない。このままでは…

「俺は死ぬ」権三は思った。権三はその切ない思いを亜里沙に告白しよう。
そう決意した。
これまで、女性と付き合ったこともないくせに、恋愛小説を読みあさり、頭のなかでシミレーションだけは重ねていた彼は、意外と積極的だった。



いよいよ生徒会長選挙の日まで3日。でも、そんな一日はあっという間に終わってしまい、亜里沙は家に帰ろうとしていた。金森の発案で、あさってには、旭が丘高校で初の学校内裁判が行われる。
その日の作戦について、瑞希からは「アタシに任せといて!」と言われてはいたが、亜里沙は不安だった。

裁判の結果も、やはり綾小路が無罪となれば、このまま選挙に突入すると綾小路が亜里沙に圧勝することは明らかであった。
そのときの綾小路の勝ち誇った笑いを想像するだけで、亜里沙はムカムカしてくる。

そんなこと考えながら、駅に向かって歩く亜里沙の目の前に大田原権三が現れた。

「亜里沙ちゃん…いや、亜里沙さん、話したいことがあるんだ。」

昨日の一件で、大田原に対して「怖い」とい印象がなくなっていた亜里沙は
権三に言われるまま、川沿の公園のほうについていった。

公園の片隅で、昨日の捨て猫たちは元気に走り回っていた。
そのうちの一匹が亜里沙に近づいて来たので、亜里沙はしゃがんで、そのネコの頭をなでていた。
そんな亜里沙をしばらく眺めていた権三がいきなり大きな声をあげた。

「亜里沙さん!俺は…俺は…」

「え?」亜里沙が権三に振り返ったとき

「亜里沙さんが好きになってしまいました!」

「………!」

予想外の展開に亜里沙は驚いてしまった。

(そんなこと…急に言われても…どうしよう?…)

この「どうしよう?」は、すでに断る前提での「どうしよう?」
つまり、どうやって穏便に断ろうかという意味での「どうしよう?」だったが、

目の前の顔のデカい大男の表情は真剣そのものだった。



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