きみの愛なら疑わない
「そんなの卑怯です」
きっぱり言い切った。上司に言うべき言葉じゃないのに。
最近の私は浅野さんに生意気なことばかり言っている。
「ふっ……」
浅野さんが滅多に見せない笑顔をまた向ける。呆れたような少しだけバカにしたような微笑みを。
「じゃあ行こうか」
「え?」
「ご飯食べに行くんでしょ? 僕お腹すいたし」
「はい!!」
嬉しくていつも以上に大きな声が出てしまい、慌てて口を手で押さえた。そんな私に浅野さんはまた笑ったように見えたけれど、一瞬でまた無表情に戻ってしまう。でももう前とは明らかに違う。こうやって少しずつ笑顔を増やしてほしい。
浅野さんと駅前の居酒屋に入ったけれど、私の話に対して「ああ」「ふーん」「そう」としか返事してくれないことに寂しく感じ始めていた。おまけに始終スマートフォンを気にして私の話を聞いていないことがある。
望んでいたデートなのに緊張して顔色を窺うばかりで話しが盛り上がらない。
不貞腐れて必要以上に酔った私はこの後のことを考えていた。
私がこのまま酔いつぶれたら浅野さんはどうするだろう。今度こそこの人と一晩を過ごせないだろうか。そして今の関係がどうにかなったりしないかな……。今夜は邪魔者はいないし、駅の向こうにはホテル街があるし……。
軽いと思われるかもしれないけど、もうきっかけはどんなことだっていい。この人に近づけるなら。
居酒屋を出て少し歩くと浅野さんがビルの前で止まった。
「足立さん、ちょっとここに寄ってもいい?」
どうやって酔った演技を始めるか考えていたところを中断される。浅野さんが指したビルは目の前の階段を上がると本屋が入っている。
「いいですよ。何か買われるんですか?」
「うん。まあ見たいものがあって」