GREEN DAYS~緑の日々~
その夜、洸は国人の家を訪れた。国人は真っ暗な闇の中、自宅の庭の地面に一人仰向けになって寝っ転がっていた。母屋から漏れる僅かな明かりを頼りにしながら。国人の横には皿に乗せたままの蚊取り線香が無愛想に焚かれている。洸は無言のまま近付いた。国人は半身を起こした。洸は国人の隣に腰を下ろした。
「あいつん家、親父さんがいなくて。何かあいつが小さい時にいなくなったらしくて。最初は皆、気にも留めなかった。青木とかも、いつもあいつとつるんで」
国人は俯いた。
「だけど去年の終わり頃とかから、あいつの親父の話が急に噂になって。新聞に載ったりして、色々デカくなって行って。今まで皆平気だったのに。ひどい家とかになると、親があいつと遊んじゃ駄目だとか言い始めて」
洸は国人の泣き顔を見ない様に少し視線を逸らした。
「だけど俺とかはずっと幼馴染みで、お袋もあいつのお袋と仲良かったから側にいられて。だけどだけど、思っても思ってるだけで何も出来なくて。何もしてやれなくて。もっともっと、俺達は大人達に言いたい事があって。色んな事、言いたい事があって、」
国人は立てていた両膝に顔を深く埋めた。洸は前を見ながら呟いた。
「焦らなくてもいいんだよ」
国人は顔を上げた。
「焦らなくてもその内、何もかも上手く行く様になるから」
「何でそんな事、」
「…俺、今はこんななりしてるけど、高校位までは成績も良くて、将来の夢とかもあったんだ。いい大学に入って、いい会社に就職して…。口に出して言うのも恥ずかしいけど、立派な大人になりたい、みたいな」
洸は苦笑した。
「だけどその内気が付いたんだ。『立派な大人』っていうのは一体何だろうって」
国人は眉をしかめた。
「いい大学に入って、いい会社に入ってる奴でもクズはいる。必ず。それに気付いた時は遅かった」
「遅かった?」
「…社会の仕組みがわかり始めた時だった。この先こんな汚い社会の中で生きて行かなきゃならないなんて、そう思い始めた。だけどそう思い始めたら、何だか優等生でいるのがばかばかしくなって。今ここにいる俺は、あの頃の俺が見ていた偶像なのかも知れない」
国人は洸の言っている意味がわからない、といった風な表情を浮べていた。洸は微笑んだ。
「あいつの事、本当に好きなんだな」
「だけど、」
「ん?」
「あいつ、気難しいから」
洸は笑いを必死に堪えた。
「いいんじゃないか。顔で笑って…みたいな女よりも、あいつの方がよっぽどいい女だと思うよ」
「可愛い顔してるんだからもっと笑えばいいのに」
「俺もそう思う。皆そう思う」
国人はやっと笑顔を見せた。洸は煙草に火を点けた。暗闇に洸の点けた煙草の火の一点の明かりだけが庭で光っている。二人はその後、何も言わず夜空を見つめ続けていた。
「あいつん家、親父さんがいなくて。何かあいつが小さい時にいなくなったらしくて。最初は皆、気にも留めなかった。青木とかも、いつもあいつとつるんで」
国人は俯いた。
「だけど去年の終わり頃とかから、あいつの親父の話が急に噂になって。新聞に載ったりして、色々デカくなって行って。今まで皆平気だったのに。ひどい家とかになると、親があいつと遊んじゃ駄目だとか言い始めて」
洸は国人の泣き顔を見ない様に少し視線を逸らした。
「だけど俺とかはずっと幼馴染みで、お袋もあいつのお袋と仲良かったから側にいられて。だけどだけど、思っても思ってるだけで何も出来なくて。何もしてやれなくて。もっともっと、俺達は大人達に言いたい事があって。色んな事、言いたい事があって、」
国人は立てていた両膝に顔を深く埋めた。洸は前を見ながら呟いた。
「焦らなくてもいいんだよ」
国人は顔を上げた。
「焦らなくてもその内、何もかも上手く行く様になるから」
「何でそんな事、」
「…俺、今はこんななりしてるけど、高校位までは成績も良くて、将来の夢とかもあったんだ。いい大学に入って、いい会社に就職して…。口に出して言うのも恥ずかしいけど、立派な大人になりたい、みたいな」
洸は苦笑した。
「だけどその内気が付いたんだ。『立派な大人』っていうのは一体何だろうって」
国人は眉をしかめた。
「いい大学に入って、いい会社に入ってる奴でもクズはいる。必ず。それに気付いた時は遅かった」
「遅かった?」
「…社会の仕組みがわかり始めた時だった。この先こんな汚い社会の中で生きて行かなきゃならないなんて、そう思い始めた。だけどそう思い始めたら、何だか優等生でいるのがばかばかしくなって。今ここにいる俺は、あの頃の俺が見ていた偶像なのかも知れない」
国人は洸の言っている意味がわからない、といった風な表情を浮べていた。洸は微笑んだ。
「あいつの事、本当に好きなんだな」
「だけど、」
「ん?」
「あいつ、気難しいから」
洸は笑いを必死に堪えた。
「いいんじゃないか。顔で笑って…みたいな女よりも、あいつの方がよっぽどいい女だと思うよ」
「可愛い顔してるんだからもっと笑えばいいのに」
「俺もそう思う。皆そう思う」
国人はやっと笑顔を見せた。洸は煙草に火を点けた。暗闇に洸の点けた煙草の火の一点の明かりだけが庭で光っている。二人はその後、何も言わず夜空を見つめ続けていた。