GREEN DAYS~緑の日々~
 真夜中過ぎ、瑞恵は洸の家をそっと訪れた。洸は縁側に座っていた。瑞恵の姿を見て立ち上がる。二人は真正面から見詰め合った。

「あなただったのね」

洸は何も答えない。

「今まで、気が付かなかっただなんて。どうして気が付かなかったのかしら。…ねえ、

どうして、どうしてこの町に来たの。あたし達に会いに来たの」

「…あいつが、幸せに暮らしてるかと思って」

「夏穂の事ね」

洸は微かに頷いた。

「そうね、私達、色々あったから。こんな田舎町じゃ噂が広まるのも早いし」

雨がぽつりぽつりと降り出して来る。

「ねえ覚えてる?、初めて会った時の事。あの日も雨だったわね。あたし達、庭にいて夏穂がまだ小さくて。ビニール・プールに入ってたんだけど、雨が降って来たんで慌てて片付けてたら、夏穂、あたしの邪魔ばかりして中々片付かなくて。そして何気なく庭の外を見たら垣根の向こうに貴方がいた。学生服を着てずっとあたし達を見てた。雨の中」

「あの時、あいつは貴女のスカートにまとわりついてた。水着のまま」

「ええ、ええそうだわ。ねえ、どうしてあの時、私達に会いに来たの」

「…見てみたかったんだ」

「えっ?」

「俺が壊した物を」

「貴方のせいじゃないわ」

「いや、」

「貴方のせいじゃないわ、そんな事を思ってしまっては駄目だわ」

「お姉さん」

瑞恵は姉と呼ばれてはっとした。

「自分の父親が昔、一つの家庭を捨てたと聞かされた時、何かのかけらが一つ飛んだ様な気がした。自分の心の中の大切な何かが。それまでは自分で言うのも何だけど、小さな温室にいるつもりだったから」

瑞恵は頷いた。そうだ。かつて自分の父親だった人間は、自分達の事を捨てはしたが基本的には穏やかな性格の持ち主だった。

「だけど初めてその事がわかって。…世の中、奇麗事だけでは済まないと思ったのは、

あの時が最初だった。最初で最後だった」

「最初で最後?」

洸は悲しみの表情を浮べた。

「あいつには笑っていて欲しいんだ。あの時の様に。世の中の汚い事を何も知らずにいたあの頃の笑顔の様に」

「あなた…」

「あいつの幸せな顔を見たい為に俺は来たのに。ここに来たのに。あいつの笑顔を見に来たのに」

瑞恵は思っていた。本当にもっと早く気が付けば良かった。今から考えて見れば、ヒントはいくらでもあった筈だ。いつか洸は絵が好きだと言っていた。そしてうちに何枚も絵があったと。それは自分達の父親の影響だ。夏穂が絵を好きになったのと同じ理由だ。すべて同じだ。何もかも。

「ねえ、夏穂の事、最初から知ってて、だからあの子の学校に」

洸は一度空を見上げ、そしてそれ以上何も言わなかった。



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