sinner
そんな状況下で、硬直する以外の何ができただろう。
彼と誰かの会話はまだその場で続いていた。そうだろう。ここからじゃわたしたちの部屋の灯りは確認できず、わたしが帰宅しているかは確認できないのだから。
「えっ!?」
大きく驚き、彼は何かを話しながら走り出す。家とは逆、おそらく駅の方へ。
途切れとぎれ聞き取ってしまった内容では、どうやら彼の忘れ物を届けに相手が追いかけてきてくれたみたいだった。
馴染みのある彼の足音は、一秒でも早く、誰かの元へと遠ざかっていった。
……
「っ、……」
ずいぶん長い間、呼吸をしてなかったような気がするのに、蓋を開けてみれば小さなため息しか出てこない。
ようやく、自分以外にも意識を向けることができた。
「ただのお隣さんに、とてつもなく変な場面をお見せしてしまって、すみません」
お兄さんに振り返り、顔も見ずに頭を下げた。言葉を挟ませる隙など与えないように捲し立て。
「あの……」
「それでは、ここで失礼します」
謝られるのだけは避けたくて、わたしはその場から逃亡した。