sinner
馴染みのある彼の足音はもうすぐそこだった。
行けっ! と心で勢いをつける。
けれど、飛び出していこうとしたわたしの足は瞬時に脳の信号によって停止し、咄嗟に口元を押さえた。彼の携帯電話の着信音が鳴ったのだった。
「もしもし。どうしたの?」
……それは、とても優しい『どうしたの?』だった。
久しぶりに耳にしたその声色に硬直してしまう。
「――うん。えっ、マジでっ!?」
塀を隔ててのことだから細かいことは不明だけど、彼からは自分の衣類や荷物から何かを探している気配がした。
そして……。
「うわっ、ホントだ。コートにしっかり入れといたのになー、家の鍵」
電話の相手が何か喋っている間も、彼はしきりに優しく頷く。
わたしは、塀を隔てて固まったまま。
後ろを確認する余裕はないけど、お隣のお兄さんはきっといたたまれないだろう。
……きっと、このあとはもっと。
そして、決定的な言葉が放たれた。
「――ごめんな。あんなすぐにベッドに押し倒しちゃったから。でも、コート脱ぐ時間も惜しかったんだよ」
謝罪のその言葉は、けれど、恋人同士の会話のひとつで、相手からの照れた空気が嫌でもこちらに伝わってきた。