sinner
帰宅ラッシュ時の電車の本数は多い。あと一本くらい同じようにやり過ごそうと、男はもうすぐ、こっちに帰ってくる。
どうせ足取りは軽やかなんだろう。その心情を表すように。
一日の疲れと荷物の重みでか、彼女の重心がぶれる度に心配になり、もう我慢が出来ずに声を掛けた。その荷物を片腕分だけ浚うと、隠してはいるようだけれど、彼女の眉から苦悶の様子が消えていってくれた。
恐縮する彼女の抵抗を巧みに抑え込み、隣に並んで歩く。半分荷物を減らしてもまだ危なっかしい彼女に、歩調を緩やかにすべきだと進言すると、素直に聞き入れてくれる。
歩幅を小さく、ゆったりと進ませる。アパートへの道がこれほど幸せだったことはない。どうせなら、難攻不落な迷路にでもなってもらえないだろうかと、触れ合う指先以上に馬鹿なことを夢想した。
だって、もう本当に幸せなんだ。
他愛ない世間話でさえも、互いの家のベランダという仕切りを一枚取っ払ってしまうだけで距離が縮まったよう。それは錯覚だと言い聞かせながらも、浮かれたぼくは少し失敗をした。
「お互いというか、どの家も表札出してないね。――ああ、でも、フルネームは書かないから一緒か」
「フルネーム出してるのは、田舎ならまだありますよね。表札は、出してほしいとは言われますけど……防犯上どうなのかなって」
会話の中で知った彼女の名前が可愛くて可愛くて。自分に似合わないからと口を尖らし拗ねる仕草が愛しくて、きっと自分のものにしたい気持ちが意地悪をしたんだ。
「配達の人には困らせてしまっているんだけどね」
「そうですそうです」
ぼくの歪んだ問い掛けは、彼女の顔から笑みを消した。
「もし表札出すことになったら、二人分出すのかな? 同棲ってやっぱり」