sinner

 
場所柄の需要もあって、系列店舗の中でこの店は開店時間が早い。一年前、店長として異動してきた当初は胃もやられていたけど、もうそれも落ち着いた。


仕入の少なかった今日は開店準備も比較的短時間で終わり、来客のいるときには避けたい作業からどんどんこなしていく。
早番の従業員の子が店先に鉢植えを置いて、手軽に買えるアレンジの見本を飾ったあとに少しだけ外に水をまく。あくまで控えめに。通勤する女性のとっておきかもしれないパンプスを汚さない程度だ。男性の、今日は大事な商談だからと磨いた革靴にも同様だと従業員の子たちに熱弁を以前したところ、後の男性は取って付けただけだろうと言われたけど。


まかれた水が乾いていくのと同時に、植物のその匂いが周囲に満ちていく。この瞬間は好きだ。
ふと、それに気付いたような人がひとり、店の近くで足を止める。この辺りの何処かのオフィスに勤める女の子だ。ぼくは外からだと死角になる店内のスペースから、その光景を見ていた。
女の子は少し立ち止まっていたけど、同僚だと思われる別の女の子に声を掛けられて歩き出した。
ぼくはその女の子の背中を、見えなくなるまで見送り、ちょっとだけ、なんでだよ、と、唇を噛む。


その女の子は週に五日、店の前を横切る。当然か。通勤で使う地下鉄の駅の間にここはあるんだから。
けど、今までこの店に気づくことはない。視界に入ってはいただろうけど。


何故今日なんだ。


新天地に引っ越して、最近では興味を持ち始めたと言っていた花を、気前のいい縋ってしまったお隣の男からはもう分けてもらえないのかと、少しは、心が沈んでくれていたらいいと夢見る。


さっき店の前で足を止めた女の子は、彼女だった。


あの日ぼくが抱いた、愛しい彼女。


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