sinner
いや。こぼしてしまったというよりはぶちまけてしまったという表現のほうが正しい。躓いた弾みに勢いがついた水は放物線を描いて容器から飛び出し、そして更に運悪く店先の歩道にいた女性に向かっていってしまう。
「よけてくださいっ!!」
「へっ? っ、きゃあっ!!」
瞬間、息をのんだ。
「っ」
膝丈のタイトなスカートから下、ストッキングとパンプスに包まれた細い足が隙間なく塗れている惨状に困惑し、そこからたどっていった全身像を目にしたあと、ぼくはもう息が詰まりそうになってしまう。
「……っぁ」
なんという偶然だろうか。ぼくの目の前でびしょ濡れの女性は、彼女だった。かつてお隣さんだった彼女。
こんなどうしようもないミスばかりしてしまうほどにまだ忘れることの出来ない、どうしようもなく好きな人だった。
どうしよう。どうしたらいい。突然の水難に放心状態の女性は幸いぼくだとまだ気付いていない。その前に姿を消してしまってたほうがいいんだろうか。だって会いたくないはずだ、ぼくとなんか。……ああでも、このまま帰すわけにはいかないし、完全にこちらのミスなんだし。
とりあえずタオルか何かで拭いてもらわなければいけない。風邪なんて引かせたくない。
そう。普通に――お互いに、何もなかったかのように接するんだ。
フラワーショップの店長が迷惑をかけてしまった通行人の女性に対する可能な限りの誠意を……そうして、もうあとはどうにでもなれ。
「申し訳ありませんっ」
「っ、……ええっ? ちょっ、なんでっ!?」
回らない頭で考える対策など落とし穴だらけなまま、ぼくは、彼女を強引に店内へと連れ込んだ。