sinner

 
お隣のお兄さんとの帰路の中で、わたしは初めて彼の下の名前を知る。引っ越しした際の挨拶で名字は知ってたけど。


「お互いというか、どの家も表札出してないね。――ああ、でも、フルネームは書かないから一緒か」


「フルネーム出してるのは、田舎ならまだありますよね。表札は、出してほしいとは言われますけど……防犯上どうなのかなって」


「配達の人には困らせてしまっているんだけどね」


「そうですそうです」


軽くなった手には血が通い、ついでに頭にまで循環したような気がする。ゆったりとした歩調の中、お隣のお兄さんとのベランダ以外での初会話はとても滑らかで、なんだか不思議な気分。初対面ではないけど、そんなような人との会話は苦手なほうなのに。


「もし表札出すことになったら、二人分出すのかな? 同棲ってやっぱり」


けど、わたしの心はここでスムーズに動いてくれなくなる。


「……」


「それとも、この機会にって、名字が一緒になったりするとか」


「っ、何言ってるんですか~っ。そんなことないないっ」


返事に詰まった原因を見透かすようなそのごく自然とも思える会話の流れに対し、わたしの動揺を隠すためのおどけた否定は、とてもわざとらしいものになってしまった。


わたしはその場を取り繕うため、要らぬことまで口に出してしまう。……ただのお隣のお兄さんに。


「そんな未来を見据えながらの同居ならまだしも……」




寂しさだけで始めてしまったそれに、わたしは未来を描けていない。


……記憶の限り、過去はそうじゃなかったけれど。


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