sinner
しばらくの沈黙のあと、そろりと見上げた先の隣を歩くお兄さんは、申し訳なさそうに私と視線があった瞬間にそれを横に流した。
流した視線はそのまま、あと何日かしたらスーパームーンになるだろう月に移したみたいだった。そしてそのまま謝られる。
「申し訳ない。変なこと訊いちゃったね。深く掘りすぎた」
「いいえ。わたしこそ、お隣の方に変なこと言っちゃって」
ベランダ越しだったものが、そのついたてひとつ取り払ってしまっただけでお互いの距離感は掴めなくなってしまったみたいで。
生み出してしまった気まずさを解消すべく、私も、お兄さんも、頭を光速回転させながら探っているような共有感覚を肌に感じた。まだ、いつまでかは分からないけどお隣さんなんだ。お互いに気まずくはなりたくないんだろう。
「大丈夫。――不安なことなんて、どうしてもあるものだよ」
十秒と少し経って、私よりも早く、お兄さんは言葉を発した。それは優しい声色で。
それはあなたも?
問うように投げかけた視線を理解してくれ、お隣のお兄さんは情けなく眉を下げる。
「想い合う相手がいればね。見かけによらず、一途で諦め悪いからこっちはそれ以前の段階だけど」
「見かけにって……格好いいと別の苦労もするんですね」
「ははっ。でも、したたかに頑張ってますよ」
「したたかになれるくらい好きなら、頑張ってくださいと言いたくなります。――でも、あまり相手が傷つかない程度にですよ」
「うーん。それは保証できないかな」
「悪い男ですね」
「そうかもしれない、ね……」
突然黙ってしまったお隣のお兄さんは、少し思案してから後ろを振り返る。訳を教えてくれるその目は、いたずらっ子のそれだった。
「彼氏、帰ってきたみたいだ」
そしてわたしの手を引き、ふたりして物陰に隠れる。
そこは、いつの間に着いたのか、わたしたちが住むアパートの塀の陰だった。
「マンネリには刺激も必要だよ。驚かせたらいい」