この感情を僕たちはまだ愛とは知らない
「俺はかまわないよ~、一生麻衣さんの犬でいられるんだから」
「普通でいいの
入江田と倉橋で」
「めんどくさいよ」
「でも···ちょっと考えさせて」
「いいよ
でもたぶん麻衣さんの思考じゃ考えても同じだけどね」
意地悪く笑う律が恨めしい
「律ありがとう
私、前を向いて歩いていける気がする」
「気がするじゃないでしょ生きてくんだよ俺と」
「わかったからいちいちアピールしないでよ」
「ねぇ麻衣さんちゃんと会社辞めてきたの?」
「うっ···」
「ほらね辞表ひとつ書けないんだから麻衣さん1人だと」
「今から帰って書いてくるわよ」
「じゃあ俺は少し寝るからおやすみ」
「うん」
そのまま死んだりしないよね
寝息を確認してから病室を出た
私ひとりじゃ菅さんに立ち向かうことなんてできなかった
きっと律がいなかったら私はまだ仕事を続けていたに違いない
律がいたから変われたんだ
私は病院を出てバスと電車で会社に向かった
こんな時間に出社なんてはじめての経験すぎてドキドキする
都心にあるオフィスビル
昼過ぎということもあり賑わいはない
私もビルの前で立ち往生していたが覚悟を決めて中に入る
私の部署に入り
「すみません遅くなりました」
精一杯に大きな声で言う
「おはよう子猫ちゃん
いま何時かわかっているのか?
俺の顔に泥を塗るつもりか?」
後ろから囁かれた菅の声
私はくるりと後ろを向いて社長室に向かった
社長室の前でノックをして中に入る
「君は入江田くん」
「長い間お世話になりました」
お辞儀と共に書きあげたばかりの辞表を置いた
もうなにを言われても気にするもんか
「そうかいお疲れさま」
会社なんてそんなもんだ
どんなに長年、会社のために尽くしてこようとけっきょくは使い捨て
社長室から出てまた部署に戻りデスクを片づけているとまた菅さんが話しかけてきた
「ちょっといいか?」
菅さんと話すのもこれが最後
菅さんに連れられて休憩室に入った
「入江田どういうつもりだ答えろ」
「別に」
音がして私の頬に痛みがはしった
「いいかげん正気に戻ったらどうだ?」
「正気です私は
私には倉橋律が必要なんですあなたなんかでなく」
また平手打ちをくらった
私は奥歯をぎゅっとかみしめて段ボールを抱えたままオフィスを後にした
そのままタクシーで家まで帰ろうと考えてた矢先クラクションの音がした
「送るよ乗れば?」
よく見れば律の友達の修司さんだった
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