その愛の終わりに
もし心に形があるのだとしたら、きっとそれは真ん中に穴が開き、鍵があるに違いない。
その穴が、カチリと嵌まる音を、美都子は確かに聞いた。
義直の、夫の気持ちを、なんとなく理解した。
「義直はあなたに気づいて欲しかったのだと思う。気づいて、悲しんだり嫉妬に苦しんだりして欲しかったのだろう。そして、それと同時に気づいて欲しくなかった。穢れのないあなたの瞳に、汚れきった自分を晒したくなかったのだ。そんな矛盾を引きずったまま、また女を道具にしはじめた。あなたに愛されたいあまり、おかしくなったんだろう」
涙が一筋、美都子の左目から零れた。
誰かを傷つけることでしか自分を伝えられない。それは、なんと悲しい性格だろう。
「私、結婚して二年も経つのに、何も知りませんでした」
自分の冷たさがどれだけ彼を傷つけていたのか、考えるだけで罪悪感が募る。
しかし、彼もまた美都子の預かり知らぬところで彼女を裏切っていたのだ。
「ありがとうございました。山川さんのお話しは大変貴重なものでした。これからどうするかは、時間をかけて考えますので」
袂からハンカチを取り出し、目元をサッと拭い、美都子は立ち上がろうとした。
が、体がぐらつき、床にその体が投げ出される。
痛みと衝撃にそなえ、咄嗟に目をきつく閉じたその時、両肩に熱が走った。
白檀が香り、肩を抱く手が強くなる。
「お怪我は?」
頭上から降る山川の声に、ただ呆然と美都子は答えた。
「ありません……その、ありがとうございました」
ハッと気がつくと、震える足を叱咤して、美都子はゆっくり姿勢を正した。
いくら転びかけたからとはいえ、人妻である自分が夫以外の男に寄りかかっていいわけがない。
「また今度、改めてお礼をいたします。本当に今日はありがとうございました」
極めて礼儀正しく口上を述べ、山川の顔を見ることなく、美都子は診療所を後にした。
肩を掴まれた時の力強さが、白檀の甘い香りが、一向に頭から離れない。
息苦しさをおぼえるほどの胸の高鳴りは、義直の秘密を知ったショックからなのか、山川に抱き止められたことに対する衝撃からなのか。
ただひたすら、美都子は混乱した。