その愛の終わりに



「ええ、お借りしたご本を読み終えましたので。最近体調が優れなかったので、相談も兼ねて」


息を吐くようにスルスルと嘘が出てくる。

慣れとは恐ろしいものだ。

もしかしたら、義直もこんな風に嘘をついていたのかもしれない。


「ふーん、で、どうだった?」

「どう、とは?」

「本の感想だよ。面白かった?」


画集のページをめくる手が止まる。

いつもなら、新しく読み終えた本の感想を聞かれたら、熱く感想を語っていた。

だが今回は……あらすじに目を通しただけで、本編を1ページも読んでいない。


「大変興味深いお話しでしたわ。テーマが浮気ですので、掘り下げるとキリがないでしょうね」


少し嫌味っぽい口調になってしまっただろうか?

浮気に気づいていると勘づかれたか、と警戒すれば、義直はおもむろに口髭を撫でた。


「そうだな……特にアンナ・カレーニナは貴族の浮気だ。とても他人事とは思えん」


茶化して笑う義直に、また怒りが込み上げる。

どの口がそれを言うか、とひっぱたいてやりたい。


「あなたは?」

「え?」

「浮気、していらっしゃるのでは?」


美都子の理性が焼き切れた瞬間だった。

感情の一切こもっていない声が義直の耳に入る。

見つめあった妻は驚くほど無表情で、まったく温度を感じさせない。


「まさか!俺を疑うのか?」

「お尋ねしてみただけですわ」


肩をすくめる美都子にそれ以上追及することも出来ず、義直はモヤモヤとした気持ちを飲み込んだ。

まさか、自分の火遊びに気づいたのでは?と思うも、即座にそれを否定する。

今のところ証拠は残していない。

気づいて欲しいと願いながらも、いざ勘づかれるとやはり隠したくなる。


「さあ、食堂に参りましょう」


図書室の中の空気は、どこか重く、冷たかった。


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