その愛の終わりに


翌日、山川の訪問に備えて、美都子は気に入りのクリーム色のワンピースを着た。

義直の要望で、酒屋から良い酒を買ってきたりと、細々とした雑用を済ませていくと、あっという間に訪問予定の三時に近づく。

しかし予定の三時を過ぎても、山川が来る気配は一向に無い。

四時をまわっても来ないため、義直は少し心配げな様子であった。


「ちょっと奴の診療所を覗いて来るよ」


そう言って義直が家を出てから十分も経たないうちに、玄関の呼び鈴が鳴った。

まさか、と思いながらも美都子はたおやかな腕でドアを押した。


「はい、どちら様でしょうか……」


来客の姿を見て、美都子の視線と意識はそこから離れられなくなった。

濡れ羽色の艶やかな黒髪。

切れ長の涼しげな双眸。

秀でた額に、きめの細かな肌はまるで至高の美女を思わせる。

そこまで背は高くないものの、まるで物語から現れたような貴公子然とした佇まいに、美都子はただただ圧倒された。


「山川雄二郎と申します。お約束の時間からだいぶ遅れてしまい、誠に申し訳ございません」


深々と頭を下げられ、美都子ははっと我に返った。

自分の不躾な視線に山川はなんの反応も示さないが、かえってそれが辛かった。


「主人から伺っております。遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。生憎主人とは入れ違いになってしまいましたが、どうぞ中でおくつろぎくださいませ」


極めて丁重に口上を述べ、美都子は粗相をした気まずさを拭おうとした。

しかし心なしか後ろを歩く山川の視線が冷たく感じる。

応接間に通し、美都子は女中に任せず手ずからほうじ茶を淹れた。

窓越しに広がる銀杏並木を、山川は何の感情もこもっていない目で眺めている。


「どうぞ、粗茶でございます」


些か緊張のみられる声で、淹れたての茶をすすめれば、山川は思い出したように手荷物を漁りはじめた。

そしてあまり大きくはないが、厳重に梱包された包みを美都子に手渡した。


「奥さまへのドイツ土産です。お気に召すと良いのですが」


包みを開けると、繊細なモチーフがいくつも折り重なった白と青の陶磁器が詰まっていた。
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