真夜中の恋人
「旅行の帰り?」

「え?」

「そこに、スーツケースがあるから」

「…………」

旅行だったら、どれほど気が楽だろう。
急に現実を突きつけられて、どうしようもなく気分が沈んでいった。


「お金、どうして握りしめてるの?」

その言葉に、ハッとして、自分の右手を見る。
わたしが握り締めているのは、ミカコちゃんが渡してくれた五千円札が一枚のみ。

これじゃ、とてもじゃないけど足りない。
ミカコちゃんは「わたしの分ね」と言っていたから、最初から自分の分だけを払うつもりだったのかもしれないけれど。

一軒目のイタリアンレストランは、わたしが払ったことは覚えてなかったの?

……あんまりだよ。
ここの代金を支払ったら、わたしの手元には、二千円も残らない。

給料日まで、あと数日あるのに、これからわたしはどうすればいいの?
もう、涙が零れてしまいそうだった。


「何か一杯、ご馳走させてくれるかな?」

隣の男性がわたしに声を掛ける。お酒なんて飲みたくないし、もうわたしに構わないで欲しい。

「結構です」

そう言って、席を立つつもりだったのに。

わたしの目の前に、スッとハンカチが差し出されて、そこで漸く自分が泣いていることに気が付いた。


「良かったら、使って」

その声が、あまりにも優しくて。わたしは素直にそのハンカチを受け取っていた。



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