鬼系上司は甘えたがり。
 
掴んでいたことに今初めて気づいたみたいな手の離し方が少し傷つくけど、主任といえども、それほど余裕がなかったのだという結論にすぐに至る。……なぜなら主任は耳まで真っ赤だ。

こんなときに不謹慎ながら、いやだからこそ、がっつり狼狽えている主任なんてUMA(河童や雪男などの未確認生物)よりも珍生物に見えてきて、ちょっと可愛い……くもなくもない。


「悪い、薪。誰にも言ってなかったけど、俺の趣味、恋愛映画なんだよ。まあ、言ったところで信じてもらえないだろうけどな」


首筋に手を当て、はぁー、と長い息を吐きながら観念したようにそう打ち明ける目の前の主任には、鬼の片鱗すらなかった。

すっかり毒気を抜かれた姿が少し不憫だなとは思うものの、それはそれで新鮮だ。


「いえ。私見ちゃったんで信じます。そりゃ、確かに遭遇したときはアンビリーバボーでしたけど、私だって主任と同じ趣味なんで。おすすめはやっぱりレイトショーですよね。人目を気にせず思いっきり泣けますし」

「だな」


主任の周りの空気が、柔らかく、丸くなる。

念書なんて書かなくても、きっとこれで私が誰にも言いふらしたりしないことが伝わったはず。

となれば。
 
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