鬼系上司は甘えたがり。
口封じに念書とか書かされるんだろうか……。
手を引かれるままに歩きながら、そんなことをしなくたってコテコテの恋愛映画で号泣するほどピュアな一面があるなんて言ったところで誰も信じないだろうに、と私は思う。
鬼には似合わないと一蹴されるのがオチだ。
「あの、主任……? 私、言いませんよ?」
だから、いい加減離してもらえないだろうかという気持ちで、おずおずと申し出た。
けれど主任は、般若の如き顔で私を振り向くと「信じられるかボケ!」と目を泳がせる。
……うん、動揺しているんだね、主任。
だからって、どうしたらいいのよ、この手。
上映中の余裕っぷりはどこに行っちゃったの。
「逃げませんから離してくださいよ」
子どもか、というツッコミを寸前のところで耐え、若干呆れつつ言うと、ズンズン歩いていた主任がピタリと止まり、唐突に手を離された。
絨毯張りの映画館の、フロアの片隅。
私たちの近くを、アルバイトと思しき男性店員が大あくびをしながら通り過ぎていった。