月はもう沈んでいる。
「はー……やっぱまだ、さみぃなや」
さすり合わせる両手を温めたその吐息は白い。
「だから厚着して来いって言ったべよ」
呆れながら机から降りる。陽は口をとがらせ、厚手のニットカーディガンだけ羽織ってきたことに後悔は見せない。
「朔が着込み過ぎなのや。どうせ式では脱ぐのに、邪魔」
「あのな、そういうのは邪魔とは言わねえの。邪魔かつ荷物になんのは、置きっぱなしの教科書くらいだべや」
「げっ! そうじゃん、やっべ忘れてた」
ひょいと机から降りた陽はまっすぐ廊下へ向かったかと思えば、教室を出る前にくるりと振り返った。俺が巻いてやったマフラーを、握りしめて。
「あったけー! ありがと朔っ」
教室には沈黙が横たわった。
陽は腐ったパンでも見つけたのか「うわあキモッ!」と騒いでいたが、自分の頬の熱さに比べたら、どうでもよかった。
「朔ぅ~手伝って~朔ちゃ~ん」
「……気持ち悪い声を出すな」
げんなりする。その無防備さにも、夢見がちな自分にも。
「どうして陽はこう、思い付きだけで行動するんだよ。片付ける機会なんて何回もあっただろ」
「朔みたいにちまちま持ち帰るなんて、面倒の極みだね。もっと豪快に生きろ?」
「おまえのそれは、いい加減っていうんだよ!」
一度に持てないと判断した陽が、未使用のロッカーへ隠そうとした教材を奪い取る。
予想はしていたが、陽は外の焼却炉ではなく教室のゴミ箱へとその足を進めた。
数十冊の教科書が一気に、俺が抱えていた辞書やプリント類も捨てられていく。陽にとって大事じゃないものがどんどん、どんどん。
「な、どんな卒業式になると思う?」
ひとりだけすっきりした面もちの陽は近くの椅子に腰かけ、俺を見上げてくる。この無邪気さはたまに、暴力と同じだって思う。