月はもう沈んでいる。
「ていうか、ジンクスはただの前振りで。朔のネクタイほしい」
「……、は?」
「だって朔より似合うし。いっつも言ってたべや。リボンよりネクタイがしたい。だから、ちょうだい」
「いや、何、つーか……ふつうに、無理だから。卒業式で正装じゃねえとか、俺が怒られんべや」
終わったはずの話を蒸し返され、戸惑いを隠しきれなかった。それ以上に、ジンクスの話のあとにネクタイを欲しがられて、期待しない奴がどこにいる。
「なして? 購買開いたら買えばいいじゃん。したら怒られないじゃん? 解決じゃん」
「おっまえ……勝手すぎんべ」
白い目を向けてもけたけた笑う子供みたいな陽と、「やらん」「ちょうだい」「断る」「よこせ」と繰り返す。
「だーもーっ、しつけえなやおまえぇ」
「しつこいのは朔ですぅ。さっさとよこさないから夜が明けちゃいましたぁー」
ばっと窓の外を見るとまだ暗く、月は冴えたまま空に浮かんでいた。
――何、ほっとしてんだ、俺。
ほっとするくらいなら、さっさと言うべきことを言えよ。
「……っ、明けてねえじゃん」
違うだろ。そうじゃねえだろ。学習しろ俺。
「でも、そろそろ明けるよ」
時計は一度も見ていない。それでも陽の言葉には、動かない真実ほどの重みがあった。
「夜なんて、あっという間だなー」
結んだばかりのネクタイをもてあそぶ陽から目を逸らした。陽の言動に含まれた真意を深読みしないように心掛けている。だけど、どれだけ淡白な態度をとっても期待ばかり膨れ上がった。
なんてふがいない。
できやしないくせに、俺は。
「最後に朔との思い出作れて、よかった」
その不格好なネクタイを引き寄せて、その無遠慮な唇を塞いでやりたかった。