月はもう沈んでいる。

「母ちゃんは?」

「いない。出て行ったんだって。リコンってやつ」

「ふうん。俺んちと一緒だな」

「朔のお母さんも、よくごしゃぐのわ?」

「うーん……怒るポイントがわかんないけど、じいちゃんはヒステリー女になったって。ほっとけって言うから、そうしてる」


俺も陽も、それ以上話すことはなかった。狭い村では噂話が絶えず耳に入ってきていたからかもしれない。


陽は底抜けの明るさと気の強さを持って、戦っていた。


酒好きで、どの仕事も長続きせず、虫の居所が悪いと暴力を振るう父親へ、ひるむことなく立ち向かっていた。


その心に諦めが生まれ、父親を避け始めたのは、小学校を卒業する頃だったように思う。相手は父親とはいえ酔っ払いの男だ。理不尽な暴力と同じくらい、触られることにも嫌悪感を覚えたのだろう。


中学に上がってしばらくしてから、陽と男子のいざこざはぐっと減った。父親を避けるようになったから、喧嘩をする理由もなくなったのだと気づいた。


高校に入ってからは全くしなくなったけれど、たまに作ってくる大きな傷の原因を訊かれるたび陽は、いもしない村人Aを作り上げ、勝利を笑って話していた。


誰に負わされた怪我か判断できないように嘘をつき、片っ端から喧嘩をしていた頃の陽を思うと、今でもあの親父の首を絞めてやりたくなる。


だから、陽が家を出ることを望むのは至極当然のことで、その時が来たら絶対に応援するつもりだった。


俺の家で一緒に暮らしてもいいし、この村を出て二人暮らしも悪くないと思っていた。それだけ、となりに陽がいるのは自然なことだった。


自然と願いながら、確信もしていたから。


裏切られた気分になったあの苦さを、未だに味わう瞬間がある。


そのたび陽が笑顔で隠していたものを考え、裏切られた気分になるのは自分ひとりがうぬぼれていたからだろうと、幾度となく痛む心をなだめた。
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