月はもう沈んでいる。
「ファーストキスに味なんて付いてないんだなって思った」
無言に包まれていた教室で、陽の声はのびやかに響いた。
「購買で売れ残ってたチョコミントのアイス。ふたりで卒業式の予行練習サボって、食べてたのにね」
ゆらりと上げてしまった顔はきっと情けないものだったに違いない。
陽はとても寂しそうな目で俺を見て、それでも微笑んでいた。慰めるように。言い聞かせるように。俺にキスされたあとと、同じように。
見ていられなかった。
フラれる。フラれる。ごめんって言われる。
「びっくりした。朔にキスされたこともだけど……されたことで、目の前がばあっと開けたっていうか……見えない世界っての? そういうのが広がって、色づく感じだった」
「……っんだよ、それ」
意味分かんねーよ、と。陽との10年がなければ言えただろう。
どうしておまえは俺にこんなにも期待させて、死ぬほど後悔させるんだ。
「朔のキスは、未来の味がした」
「俺はっ、応援なんかしてなかっただろ!」
一度だって、がんばれとは言わなかった。教師しか知らなかった受験日を俺だけに教えてくれても、「気をつけて」としか言わなかった。
引き留めない。ただそれだけを胸に。
「……それでも、がんばれるって思った」
いっそひと思いにフッてくれと、投げやりになったことを瞬時に取り消したくなる。
足元が、ほの明るくなっていた。
いやだ……いやだ。いやだ。
「ねえ朔。朔との10年は喜びそのものだった。だから朔にキスされたとき、まだ、まだ、もっと歩いていけるって思えたの」
どうか、明けてくれるな。
まだ何も片付いちゃいない。数ある悔いも、滞るだけの脈も、すべて。
君が好きだと言ってくれれば報われるのに。