月はもう沈んでいる。
「なあ俺、今からすごい情けないこと言うぞ」
「うん?」
「俺は、置いて行かれるんだと思った」
陽はしばらくして、俺が巻いたマフラーを口元に引き寄せ、「うん」と、町並みに視線を投げる。
「朔は一緒に来てくれないんだって、分かってた」
その言葉を聞けても俺は、どうしたって切り捨てられないものがあると自覚するだけだった。
「あのとき、やさしさだなんて言って、ごめん」
目を丸くさせた陽は流れるように笑みをたたえる。
「あたしも。弱虫だなんて言って、ごめん」
「……いいよ。当たってた」
「ふふ。やっと仲直り、できたね」
凍てつくような風が吹き付けても、清々しさで満たされる陽の笑顔を、俺はきっと一生忘れない。
「女らしく、なったな」
泥まみれで傷だらけだった頃よりずっと、小綺麗でしたたかになった。
そうやってこいつは遠い地で、もっときれいになって、ちがう喜びを知って、大人になっていくんだろう。
嬉しいことだ。しあわせなことだ。
だけどこの瞬間がいちばん、苦しくてたまらなくなるんだな。
「――……朔?」
目を閉じた俺はこつんと陽の額に顔を寄せ、奥歯を噛み締めた。
まぶたの向こうに透ける朝日が目に染みる。
きれいだったな。
月明かりの下でもきれいだったけど、太陽の下で笑う陽のほうが何倍もきれいだった。
やっとここから、飛び立てるんだな。
待ち望んでいたよな。今日まで、つらかったな。
これからは、強がり過ぎなくていいんだ。
離れていても、陽のしあわせを。月の出ない夜でもおだやかに眠れるよう、祈っててやるから。
「卒業おめでとう、陽……」
涙が零れた感覚があったけど、俺の頬を包んだ陽の手をぎゅっと握りしめ、つぶやいた。