月はもう沈んでいる。
「……っ、さ……」
朔、と続かない声に愛しさがこみ上げた。
何度も息を吸って、唇を結んで、俯いて顔を上げて、迷ってくれる彼女を想像する。
笑ってろよ。
不安になることなんかない。
俺は俺の大事なものを。陽は陽の大事なものを。守って想って生きていれば、それでいい。
そうすればいつか、また。俺たちは並んで歩いて行ける。
何か、言ってくれる気がしていたけれど。
陽はへたくそなキスだけ残して廊下に足音を響かせた。
一瞬だったな。
ぐっ、と腰あたりのブレザーを引っ張られたと思ったら、キスして一目散に飛び出して行くんだもんな。
「……しょっぱ」
ぽつねんと教室の窓辺に立つ俺の耳に、足音は遠く。
別れなんて、案外あっけないもんだ。
もとより、離れたくないなんて涙ながらに訴えるつもりもなかったけれど。
「抱きしめときゃ、よかったな」
言ってから、アホだなと自嘲した。
じいちゃんにスーツの件で連絡しようとブレザーのポケットに手を突っ込むと、指にひやりとした感触がぶつかった。
なんだろうとつまんで取り出せば、それは光沢を失った校章だった。
「……いつのまに、」
あのときか。
自分のほうがネクタイ似合うとか言っといて……。
こんなものに、どれだけの力があるっていうのか。
それでも、ないよりはマシかもしれない。なんて、ほんとはめちゃくちゃ嬉しかった。
ジンクスは信じないけど、これが陽の告白なら、信じられる。
「信じてるよ……永遠だって」
少し重そうにスクーターを引いて校門へ向かう陽の姿に、ことさら強く思う。
俺のとなりがスタート地点だというなら、誇らしくなるくらい颯爽と駆け出してくれればいいのに。
となりじゃない場所で見る陽はいつも、俺のいちばん深い場所を揺り動かす。