マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
「ただ…。」(仏)

フレール氏が、前置きを置く。


「交響曲を振るにあたって、君は自分の絶対
的な形式みたいなものをまだ確立してない。
直感的なものだけで処理している様に感じら
れるんだ。
反射神経、直感能力、インスピレーションだ
けで、勝負している所がある。」(仏)

ここまで自分の指揮について、具体的な事を言われるのは初めてだ。
唾をのむ。妙に緊張してきていた。


「自分のやりたいことをやっているときは、
変にデコボコした感じがすると言うか。
もっと他に上手くまとめる方法があるのでは
ないかと思うんだ。」(仏)

「はい。」(仏)

「常任となったこのオーケストラで、せいぜ
い揉まれてみると良いよ。」(仏)

ニヤリと笑った顔はいたずらっ子そのものだっ
た。


椅子から立ち上がったフレール氏は、隣の来客用の部屋に設けた会見場に続くドアを開けた。
記者の人達もそろそろ集まり始めているのが、ちらりと見えた。


「ようこそ。リヨンフィルへ。」(仏)


わざとらしく左手を体の前に持ってきて、“どうぞ”のポーズで僕を隣の部屋へと促した。
まるで一流ホテルのドアボーイみたいだな、そう思った。


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